西オーストラリア州パース移住談

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 2006年3月21日更新

 

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こんな生き方だってある

 

 

日本では

小中高と浦和市(現在のさいたま市桜 区)内の公立学校に通いました。小太りの子供時代がコンプレックスとなり中学に入り柔道を始めました。勉強は中の下から始まり、中の上くらいまで登りつめましたが、高校受験では私立の進学校を志望するも失敗。大学も幼少より憧れていた国立埼玉大学経済学部を受験するも失敗。加えて、柔道の二段への昇段試験も不合格といった、勝負に弱い見事な負け犬ぶりでした。

一方、独立心と海外への好奇心は人一倍強かったようです。高校生時には、ファミレスでの調理補助、スーパーでの鮮魚パッケージ、プールの監視員、生肉工場での雑用のアルバイトで貯めたお金で18歳の時に5週間程、ニュージーランドへ語学 留学しました。しかも大学受験を控えた高3の一学期期末試験を一方的にキャンセルして飛び出しました。無鉄砲ですよね。

初めての海外でしたが、不思議と違和感はありませんでした。英語のクラスは一番下でしたが、結構積極的に英語を使っていました。未成年でしたが、クラスの友達とも飲みにも何度か行きました。一般に日本人って若く見えると言いますが、私は高校生に見られることはありませんでした。ヒゲを蓄えていましたからでしょうか?このとき初めてジントニックを覚えました。私の高校時代の思いではバイトと短期留学ですね。

高校を卒業し、大学に進学すると同時に親元を離れ、新聞専売所に住み込みで新聞配達/集金で学費と生活費を捻出する勤労学生生活を送りました。この時の一番の苦労は仕事学業の両立ではなく、人間関係でした。仲の良かったクラスメートとはなかなか時間を合わすことができず、且つ新聞配達先の方々とも合わず、人間関係に結構行き詰っていました。両親が家を新築した事と同時に私自身思う事あり、結局2年間でお世話になった新聞専売所を離れました。

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