西オーストラリア州パース移住談presented by PetitCommerce |
2006年3月21日更新
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こんな生き方だってある
ホテルマンとして、大学院生として ホテルマンとしての評価は自分で言うのもなんですが良かったです。コンシェルジュというお客様の様々なご要望にお答えする業務は私の天職と言っても過言ではありません。お客様からありがとうと言っていただける事に、日々感動を覚えました。それゆえ私は当時、勤務を苦と思いませんでした。そのようなホテルマンとしての活躍により、勤務2年目には勤務先ホテルにて月間最優秀従業員として表彰されました。今思えば一番ホテル勤務が楽しい時でした。 当時一緒に働いていた同僚は今で友達です。しかも彼らの多くは当時大学生でしたが今では、弁護士、パイロット、官僚、等様々な分野で活躍しています。 ホテル勤務の充実に比べ、一方学生としては、英語の上達が乏しかったので大学院入学にはホテル学校終了後一年ほど時間を費やしました。大学院入学後においてもやはり英語で泣かされました。教授からも英語がもう少しできればワンランク上の成績を挙げれるのにと言われる始末。Eコマース専攻でありながらITの予備知識に乏しい事も問題でした。結果として一教科再履修もしました。グループ課題ではいい加減な生徒に泣かされました。更に勤務先ホテルに常駐している日系旅行代理店従業員からは酷い嫌がらせを受け、学業に支障をきたしました。しかしながら頑張ってコースを終了させ、遂に永住権を申請しました。 この時が運命の分岐点であったのでしょうか。今でも、この時に永住ではなく、帰国していればどうなっていたのだろう?と考える事があります。まだ20代だったので日本での再就職も可能であったでしょう。日本に帰国していれば、仕事や家庭という当たり前の人生を歩む事が出来たのでしょう。しかし私は、当たり前の小さな幸せではなく、一度の人生を満喫するかのごとく、未知の海外生活を選んでしまいました。
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