西オーストラリア州パース移住談presented by PetitCommerce |
2006年3月21日更新
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こんな生き方だってある
移民としての試練 10代の頃より海外生活に対する憧れは強かったです。それと同時に地理や歴史に興味があったのでオーストラリアでの負の現実も理解していたつもりでした。故に自分ならやっていけると言う自負がどこかにありました。しかし、日本で生まれ育った私には想像しきれなかった辛い現実が多々ありました。始めは英語さえできれば目の前にある問題えお乗り越えられると思っていました。 私生活において、日本ではあまり経験しないであろうオーストラリア的な災難に度々直面しました。まず大学院入学前では大学付属語学学校の突然の閉鎖があり、政府の教育担当者の方の協力を得て事件一年かけて学校経営者と争いました。大学院在学中には、大手自動車整備会社による、いい加減なサービスにより、愛車を結果的に処分する目にも遭いました。この際も州政府の公正取引担当の方に協力していただきました。古い車だったので仕方がないと自分には言い聞かせました。モノを大切にする性格なので、とても悔しかったです。そして、永住権申請中には、携帯電話会社による不当な使用料請求があり、会社側の不可解かつ不愉快な対応に業を煮やし、通信事業オンブズマンを通じて数ヶ月かけて解決させました。しかし同様の事件が翌年にも発生しました。その際も前回と同様にオンブズマンに協力していただきました。 更に2003年には高熱により自宅療養中、自家製凶器を振りかざす薬物中毒者による家宅侵入と格闘する目に遭いました。格闘技の心得があるせいか、捕まえるまでには至らなかったものの、台所のガラスやブラインドを大破されただけの被害に食い止める事が出来ました。翌晩には警察より、犯人が私宅に置き忘れた荷物を手がかりに居場所を突き止め、逮捕したとの報告を頂きました。他にも、勤務先ホテルに事務所を構える旅行代理店の従業員およびマネージャーより悪質な嫌がらせも経験しました。 オーストラリアにいる事が辛いと思いましたし、今でもそう思う事が多々あります。しかし“逃げたくない”と言う負けん気が私をオーストラリアに踏み止まらせているのでしょう。
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