西オーストラリア州パース移住談

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 2006年4月9日更新

 

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こんな生き方だってある

 

 

海外ホテル勤務の現実

9・11同時多発テロ以降、非白人に対する風当たりはオーストラリアでも益々強くなり、加えてこの事件自体が観光業界の景気を奪ってしまい、私のようなアジア系移民ホテルマンにとって何とも理不尽な事が続きました。客、ホテル管理側などからの悪意のある態度に度々泣かされました。根底あったのはやはり人種的偏見です。労働組合、弁護士会、政府の労使関連部署にも相談に行きましたが良い結論には辿り着けませんでした。

加えて、私は腰痛にも大変悩まされました。3回ほど労災にて治療を受けました。仕事柄、重いスーツケースを扱う事が多いので、職業病とも言えるでしょが、私の場合はむしろ、不公平が原因の怪我です。非白人は度々重い荷物を扱うような不人気業務をさせられ、接客など華のある業務は白人が任される事が多かったのです。職場の不公平是正を管理者に求めても改善は皆無でした。

一方で、入社時から働いている同僚や上司はむしろ私に対し協力的でした。それが私をこの職場に引き止めた理由の一つでもあります。私の30歳の誕生日前でのマネージャー不在時には、入社時より公私共にお世話になっているアシスタントマネージャーより、ベルキャプテンと呼ばれる現場主任業務にも抜擢して頂きました。

しかしながら、心無い者の悪意により足元をすくわれ、結果としてわずか数ヶ月で新マネージャー就任と同時に、主任業務から降格しました。積もる不満を抑える事ができず、幾度となく転職も試みましたが、ホテル業しか知らない移民はやはり企業には相手にされず、ついに勤続5年の節目を迎えた2005年に起業を決意しました。

30歳を過ぎた私にとって、起業イコール退職といった生活の危険を冒す行為はできるだけ避けたかったので、ホテル勤務を続ける傍ら、起業準備を少しずつですが進めていました。しかし現実というものは希望的な計画と異なり、非常なもので、更なる一部のホテル管理者による圧力が私に降りかかり、より精神的に追い込まれてしまいました。“ここを乗り切らねば”と頭と身体には言い聞かせて無理に頑張らせてきたのですが、やはり心の疲れが酷く、ついには2005年11月末、勤務中にホテルのロビーで倒れてしまい救急車で運ばれる事に。以来、鬱病により勤務先ホテルを休職しています。2006年4月の現在の時点で、辞表は提出したものの、金銭つまり先方からの和解金等の処理に時間を取られ、なかなか縁が切れずにいました。

しかしながら一方では、決して塞ぎ込んでいるだけではなく、復活そして逆転を賭け、今まで経験してきた全てを活かし、起業家としての第一歩を踏み出しました。そして、勤務先ホテルとの関係を完全に断ち切れば、前に進めるのでしょう。まずは、来るべき時に備えて、つまり再びビジネスが軌道に乗る時にチャンスを逃さぬように自分を磨く事に専念しました。

 

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